Clinical Question: Sigmoid Septum・基部中隔肥厚の臨床的意義 ~高齢者における左室流出路狭窄~
本日はSigmoid Septum・基部中隔肥厚の臨床的意義について、訪問診療で有用な知見を共有したいと思います。
■Sigmoid Septumとは?
Sigmoid Septumとは、高齢者にみられる局所的な基部中隔肥厚が左室流出路へ突出した形態変化のことを指し、多くは無症候・良性ですが、一部では収縮期僧帽弁前方運動(SAM:systolic anterior movement)を伴い、左室流出路狭窄を生じ、閉塞性肥大型心筋症(HOCM:hypertrophic obstructive cardiomyopathy)に類似した動態を呈することがあります。重症例では、血流が一時的にほぼ停止するNear-complete obstructionに至り、息切れ、失神、ショックの原因となりうる病態と言えます。
診断に国際的な統一基準はありませんが、これまでの報告では、
①基部中隔厚≧15mm以上
②基部/中部の厚さ比≧1.3
③HCOMに特徴的な非対称性中隔肥厚を欠く
と定義されています。HOCMとの鑑別としては、HOCMが遺伝性で若年〜中年発症に多いのに対し、Sigmoid Septumは加齢性で平均発症年齢が75歳前後と高齢であること、女性に多いことなどが特徴です。
■左室流出路狭窄(LVOTO:left ventricular outflow tract obstruction)の発生メカニズム
治療や管理を行う上で、左室流出路狭窄が発生するメカニズムを理解することは非常に重要です。
1.基部中隔の突出による流出路の狭小化
2.大動脈偏位に伴う僧帽弁輪の前方移動による僧帽弁接合の余剰形成。僧帽弁尖と腱索が冗長となり、SAMが発生
3.LVOTO加速血流によるventuri効果で、僧帽弁前尖が引き寄せられ、動的閉塞が発生
主な増悪因子は前負荷、後負荷の低下であり、臨床上では脱水、頻脈、食後の運動、Valsalva負荷、立位、降圧薬などに注意が必要です。
■Sigmoid Septumの有病率
有病率としては、70歳以上の高齢者の10〜20%程度にSigmoid Septumを認め、AS併存例では30〜40%とやや高率です。その中で臨床的に有意な狭窄を示すのは、安静時でわずか3%程度ですが、運動や薬剤負荷などの何かしらの負荷がかかった際には60〜80%に生じるとされ、動的閉塞の性質が強いことがわかります。
■LVOTOの治療戦略
Sigmoid Septumに関しては定まった治療指針というものがないため、治療はHOCMに準じて個別に検討が必要になります。
薬物治療としては、β遮断薬、ベラパミル・ジルチアゼムなどのCa拮抗薬、シベンゾリンなどのNaチャネル遮断薬を使用します。他は脱水や過度の降圧は避けることが重要です。薬物抵抗性の場合、アルコール中隔アブレーション(PTSMA)やペースメーカー留置が選択肢になりますが、在宅医療では適用が難しいケースも多いです。
近年のトピックとして、TAVI後に左室流出路狭窄が顕在化する症例が報告されています。術前の段階ではASによる後負荷の増大によりLVOTOが有意でなくても、TAVI施行後ASが解除されたことにより後負荷が急激に低下し、左室収縮過剰と腔狭小化が進行します。これにより、術前から存在したSigmoid Septumと相まってSAMを誘発し、LVOTO形成に繋がると考えられています。
TAVI後症例の1.3%に安静時の左室流出路狭窄が認められたとの報告があります。この数字は安静時に取られたデータですので、負荷を考慮すると実際はさらに高率であると考えられ、今後在宅でTAVI後症例を管理するうえでも理解が必要な病態です。
■在宅でいかに診断をするか?

在宅での診断については、非常に課題の残る領域であると考えています。
在宅診療でこの病態を疑うポイントとしては下記です。
●高齢女性で高血圧の既往がある方
●安静では問題なく労作で症状が出現する
●労作時や脱水や頻脈で悪化する"動的閉塞"を疑う臨床傾向があること
●ASではない収縮期雑音
Valsalva負荷やしゃがみ姿勢から立位を取った際に雑音が増強する所見はLVOTOを強く示唆し、Hand-gripでLVOTOの収縮期雑音が消失または減弱する際もLVOTOを疑う所見であると言えます。
ポータブルエコーでは、基部中隔肥厚(≧15㎜)、左室流出路でのモザイクシグナル、何かしらの負荷でSAMが発生する際には強く疑う所見と言えます。
■Take Home Message
Sigmoid Septumは高齢者における労作時息切れや失神の原因となり得る病態で、心不全初期対応でも治療のコースが変わってきます。いかに早く病態を察知し、適切な治療に繋げることができるかという点が、治療の鍵となっていきます。
ゆみのハートクリニック渋谷 医師
大谷 拓史



