Clinical Question:肺動脈性肺高血圧症(PAH)の治療におけるエアウィン(ソタテルセプト)の位置づけ

YUMINO education program2025年11月28日

遺伝性の肺動脈性肺高血圧症(PAH)に対して、ドブタミン・ノルアドレナリン・トレプロストの三剤併用療法を行っている患者さんに対して、新規薬剤ソタテルセプト(エアウィン)が導入された症例がありましたので報告いたします。 
 

 

■PAHの病態と「三系統治療」 

肺動脈性肺高血圧症は、肺小動脈のリモデリング、すなわち血管平滑筋細胞や内皮細胞の増殖が原因と言われています。血管内腔は狭小化と肺血管抵抗が上昇し、未治療の予後は不良です。そのため「早期診断」と同時に「早期からの集学的治療」が重要視されています。 
従来の3経路治療では、エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)、NO/cGMP経路(PDE5阻害薬やsGC刺激薬)、プロスタサイクリン(PGI₂)経路の三系統の薬剤を組み合わせる形で行われてきました。2022年のESCガイドラインでは、多くの症例で初期から二剤以上の併用療法が推奨されています。 

 

■2022 ESCガイドライン:リスクベースの治療戦略 

2022年ESCガイドラインでは、平均肺動脈圧(mPAP)が20mmHg以上、肺血管抵抗(PVR)が2WU以上などの条件を満たすものをPAHと定義したうえでリスク層別化を行います。 
低〜中間リスクに分類される患者では、ERAとPDE5阻害薬などの初期併用療法が推奨されます。一方で、高リスクの患者では、静注あるいは皮下注のPGI₂製剤にERAとPDE5阻害薬を上乗せした三剤併用を早期に導入することが推奨されています。 
ここでの治療目標は、「病態を元に戻す」ことではなく、低リスク層へ到達させ、その状態を維持することに置かれています。 
しかし実臨床では、三経路治療を最適化しても、初診時から中〜高リスクから変わらず、長期治療にもかかわらず6分間歩行距離やNT-proBNP、右心機能の改善が乏しい症例が少なからず存在します。特に右心機能の回復が不十分な症例は、予後不良であることが知られています。従来薬はいずれも血管拡張を主な作用とするため、「肺血管リモデリングそのもの」を標的とする治療が長らく求められてきました。 
 

■ソタテルセプト(エアウィン):第4の経路の薬剤 

こうした背景のなかで登場したのが、ソタテルセプト(エアウィン)です。遺伝子組換え融合タンパクであり、アクチビンシグナル伝達を阻害することで、BMPR2/Smad1/5/8系とのバランスを是正し、平滑筋・内皮細胞の異常増殖を抑えるとされています。従来の三経路とは全く異なる作用機序を持ち、「肺血管リモデリングの抑制薬」という位置づけです。 
 非臨床モデルでは、血管壁の肥厚が減少し、右室リモデリング軽減、血行動態も改善したと報告されています。臨床的には海外第Ⅲ相STELLAR試験が代表的で、6分間歩行距離、PVR、NT-proBNPがいずれも有意に改善し、臨床的悪化イベントも抑制されたとされています。日本国内の第III相試験でも同様の傾向が確認され、診断1年以内の比較的早期の症例も対象に、追加試験で有効性が検証されつつあります。 

 

■副作用とモニタリング 

一方で、注意すべき有害事象として、 
 

ヘモグロビン増加、多血症 
血小板減少 
高血圧、血栓症イベントなど 
 

が挙げられます。出血イベントのリスクがあるため、血小板数が一定より低い症例には投与できません。投与中も定期的な血算、血圧測定などのモニタリングが必要であり、とくに既存の三経路治療薬との併用時には、出血と血栓の双方のリスクに意識を向ける必要があります。 
また、エポプロステノール導入時と同様に、肺血流や後負荷が変化することで急性の心不全増悪や肺水腫を起こし得る点にも注意が必要です。今回の症例でも、専門施設側から「在宅管理に移行してからも肺水腫の兆候には注意してほしい」と明確に伝えられていました。 

 

■2025年日本ガイドラインにおける位置づけ 

2025年のJCS/JPCPHガイドラインでは、ソタテルセプトは「第4系統」の薬剤として位置づけられています。対象となるのは、中〜高リスクのPAH患者さん、あるいは3経路治療を最適化しても低リスクに到達しない症例です。 
今後のアップデートにおいて位置づけが明確化予定となっており、実臨床では、既存治療を最適化した上での追加治療法として考えるのが基本です。 
高リスクシナリオでは、PGI₂持続投与+ERA+PDE5阻害薬にソタテルセプトを上乗せする「三剤+第四経路」という集学的治療戦略も想定されています。実臨床では、既存治療をきちんと詰めたうえで、それでも低リスクに届かない患者さんに対して、専門施設で導入を検討する、という流れが基本になると思われます。 

  

■症例:遺伝性PAHで三剤併用+ソタテルセプト 

ここで、実際の症例の経過を簡単に振り返ります。 
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肺動脈性肺高血圧症の患者さんです。
ご本人は約10年前に診断され、翌年からトレプロスト皮下注が開始され、その後エポプロステノールに変更されています。 
数年後には肺移植登録が検討されましたが、薬剤アレルギーが非常に多く、移植後の免疫抑制・感染管理を考えると現実的ではないと判断され、登録は断念されました。 
その後、血小板減少を認め、トレプロスト静注へと治療が切り替えられました。 
さらに数年後、心不全増悪によりドブタミンとノルアドレナリンが導入され、トレプロストと合わせて三剤併用となりました。 
ドブタミン2.5γ、ノルアド0.15γという状況でした。複数回の退院前カンファレンスの末、基本的には看取りを前提とした帰宅という方針で当院に戻ってこられました。当初はADL低下しておりハイリスクの状況でしたが、当院PTとの連携もあり5か月間かなり安定して生活され、外来受診も再開となりました。3週ごとの外来通院が始まりソタテルセプト皮下注を行い、ドブタミンは2.5γから1.3γへ、ノルアドレナリンは0.15γから0.07γへと減量されました。 
心エコーでは、2024年11月の推定肺動脈拡張末期圧が39mmHgであったのに対し、ソタテルセプト導入2か月後には22mmHg前後まで低下し、その後のカテコラミン減量後も大きな増悪なく維持されています。今後も、状態を見ながら再入院を含めたカテコラミン減量が検討される見込みです。 

今後は在宅での投与体制をどう整えるか、といった難しい選択になります。 

在宅投与を現実的にするには、薬局側の在庫リスク、どこがコストを負担するのか、適切な保管・輸送・投与手順をどう保証するか、など解決すべき課題が多く、今の段階では「在宅でも気軽に使える薬」とは言い難いのが正直なところです。患者数が少ない希少疾患であることも、価格と流通を巡るハードルを高くしています。 
一方で、臨床試験の結果は非常にインパクトが大きく、肺高血圧領域の専門家のなかには「ドブタミンのような、予後改善効果が限られた薬と同列には比べられない」「将来的にはファーストラインに近い位置まで上がってくるのではないか」と考える先生もいます。単純な費用対効果の議論だけでは測りきれないポジションにある薬剤と言えます。 
 
 

■おわりに 

PAHの治療は、ERA・NO-cGMP・PGI₂を軸とした三系統治療を軸としたリスクベース集学的治療です。その中でソタテルセプト(エアウィン)という第四の経路が加わり、今後新たな選択肢となります。ガイドラインの適正使用ガイドに基づいて実施していく必要があります。 
現時点では限られた専門施設でしか扱われておらず、1回の治療で数百万円とかかる薬価ということもあり、在宅投与をするには薬局側の在庫リスク、コスト負担、適切な保管・輸送・投与手順をどう保証するか、など解決すべき課題が多く今の段階では在宅でも気軽に使える薬ではありません。臨床試験の結果は非常にインパクトが大きい中、医療経済的な課題も残っており、今後の議論が必要になると考えています。



ゆみのハートクリニック渋谷
西郷  紗絵

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