Clinical Question : 咳喘息と慢性咳嗽 ~前編~
■P2X3受容体拮抗薬の位置づけ
在宅診療や一般外来では、「咳がなかなか止まらない」「検査は問題ないと言われたが辛い」という慢性咳嗽の患者さんに日々出会います。その多くは、いわゆる「狭義の慢性咳嗽」と呼ばれる領域であり、実際の主な原因は咳喘息とアトピー咳嗽が大半を占めています。
従来は中枢性鎮咳薬を中心とした治療が行われてきましたが、十分なコントロールに至らない症例も少なくありません。こうした背景の中で、2022年に末梢の咳受容体を標的とするP2X3受容体拮抗薬(リフヌア)が登場し、慢性咳嗽診療の選択肢が広がってきました。
■咳喘息とアトピー咳嗽:どこが違うのか
咳が8週間以上持続する場合を慢性咳嗽と定義します。聴診でラ音があり胸部X線にも異常があれば、広義の慢性咳嗽として様々な器質的疾患を考える必要がありますが、実臨床では「ラ音なし・レントゲン異常なし」のケースが圧倒的に多く、これを狭義の慢性咳嗽として扱います。
この狭義の慢性咳嗽の大半は、
- 咳喘息(Cough Variant Asthma)
- アトピー咳嗽
のいずれか、あるいは両者の合併です。
咳喘息という概念は1979年に提唱されました。当時の定義は、
「喘鳴はなく咳だけが唯一の症状であり、気管支拡張薬で改善するもの」
というものでした。その後長く、「気管支喘息の前段階」と理解されてきましたが、ここ数年では、喘息とは違う疾患概念として確立されてきており、「喘鳴や呼吸困難を伴わない、乾性咳嗽を唯一の症状として気管支拡張薬で改善する」というように定義されるようになっています。
一方、アトピー咳嗽は
- 喘息がなく乾性咳嗽が主体
- 気管支拡張薬では改善しない
- 第1世代に近いヒスタミンH1受容体拮抗薬で改善する
という特徴を持ちます。臨床像がきわめて似ているため、日常診療では鑑別に苦慮することが少なくありません。
■咳の神経支配とP2X3受容体拮抗薬
咳中枢は延髄にあり、ここに作用するのがメジコンやフスコデなどの中枢性鎮咳薬です。原因を問わず「広く浅く効く」一方で、症状が中途半端に残るケースも多く、慢性咳嗽では限界も感じられます。
末梢側を見ると、気道には大きく2種類の求心性線維があります。
- Aδ線維:有髄、伝導が速く、比較的急性の強い刺激に反応
- C線維:無髄、伝導が遅く、知覚過敏のような持続する咳に関与
イメージで言えば、
- 咳喘息:Aδ線維が関与する「ヒューヒュー・ゼーゼー」に伴う咳
- アトピー咳嗽/GERDなど:C線維由来の「浅く長く続く咳」
と整理すると理解しやすくなります。
P2X3受容体拮抗薬(リフヌア)は、末梢咳受容体を選択的に阻害し、迷走神経を介した咳刺激の伝達をブロックする薬剤です。世界初の選択的P2X3阻害薬として、「難治性慢性咳嗽」に対して使用されます。
一方で、作用機序に関連した副作用として「味覚障害」が必発です。
患者さんからは「何を食べても血の味がする」と表現されることもあり、事前説明が必須です。ただし、内服中止により多くは数日で元に戻ります。
以上のような咳のメカニズムが背景にある場合に効果が期待できる薬と位置付けており、初期治療で使う薬ではなく、
- 8週間以上咳が続き
- 胸部X線や必要な検査で他の原因を除外したうえで
- 吸入ステロイドや気管支拡張薬、抗アレルギー薬などが十分に試されている
といった条件のもとで検討される「セカンドライン以降の選択肢」と捉えるのが妥当です。
■慢性咳嗽の原因疾患と「合併」の多さ
日本の多施設研究(N=334)では、慢性咳嗽の原因として
- 咳喘息:約27.5%(単独で最多)
- 副鼻腔気管支症候群
- アトピー咳嗽
- GERD
などが上位を占めることが報告されています。
ただし、実臨床で特筆すべきは「合併」です。
咳喘息が単独で存在するだけでなく、
- 咳喘息+アトピー咳嗽
- 咳喘息+副鼻腔気管支症候群
- 咳喘息+アトピー咳嗽+副鼻腔気管支症候群
といった組み合わせで存在するケースが多くみられます。
「咳喘息と言われて治療を続けているが長引いている」「気管支拡張薬で一部は良くなるが、完全には止まらない」といった症例では、実は複数の機序が混在していることを前提に診る必要があります。
■アトピー咳嗽と咳喘息:病変部位と治療戦略
病変部位と神経線維の違いを整理すると、治療の組み立てが明瞭になります。
- アトピー咳嗽
- 主な炎症は中枢側気管
- 気管表面のC線維の過敏性が亢進と考えられている
- 末梢気道には好酸球性炎症が及ばないためFeNOは上がりにくい
- 抗アレルギー薬やP2X3受容体拮抗薬が有効
- リモデリングは基本的になく、症状消失後は薬剤中止が可能
- 咳喘息
- 病変部位は末梢気管
- Aδ線維の過敏性と気道リモデリングが関与
- リモデリングがあるため吸入ステロイド(±LABA)が基本治療
- 減量・中止の際はFeNOなどを用いたモニタリングが重要
咳が長引く患者さんでは、両者が重なり合っているケースも多いため、「どの層(中枢側か末梢側か/AδかC線維か)」に主病変があるのかを想定しながら薬剤を組み合わせることが重要です。実際は混在するケースが多いのでステロイドの中止判断は慎重に行う必要があります。
■画像評価と心理的背景も忘れない
慢性咳嗽の患者を診る際、どうしても「咳喘息かアトピー咳嗽か」という視点に偏りがちですが、画像評価は必ず一度は行うべきです。
実際に、
- びまん性汎細気管支炎が見逃されていた症例
- 肺腫瘍による主気管支狭窄が、長引く咳の裏に隠れていた症例
など、胸部X線・CTが診断の決め手となったケースも外来では多数経験しています。
また、咳の長期持続には心理的要因も少なからず関与します。似たような病態であっても「すぐに咳が治まりやすい方」と「なかなか止まりにくい方」がいるのは、身体的因子だけでは説明できません。患者さんとの対話や信頼関係の構築も、慢性咳嗽診療の重要な一部と捉える必要があります。
■まとめ
咳喘息とアトピー咳嗽の合併は非常に多い。
現時点では気管支喘息と咳喘息では治療方針に大きく変動はありません。ただし今後の研究や新薬の発売によっては治療戦略が変わって来ることが予想されます。
在宅や地域での慢性咳嗽診療は、「どの病態がどの程度重なっているか」を想像しながら、必要最小限の検査と治療で、患者さんの負担を減らしつつ症状緩和を目指す必要があります。後編では、Aδ線維へのアプローチについてを予定しております。
ゆみのクリニック渋谷桜丘
弓野 陽子




