急性・慢性心不全診療ガイドライン:慢性心不全治療薬 アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI) vol.10

2020年06月22日

今回は、前回のSGLT2阻害薬に引き続き、これから新しい心不全治療薬として期待されているアンギオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)を取り上げます。実は以前、2016年に本コラムで取り上げたことのある薬剤 です。欧米では、慢性心不全への予後改善効果が明らかになり、すでに臨床使用されているため、新しい知見が蓄積されてきました。このARNIは、日本でもようやく承認への段階がみえてきたため、今回は改めて最新のエビデンスを拾いながら概説していきます。

 

ARNIと心不全の予後

ARNIはアンギオテンシン受容体拮抗薬とネプリライシン阻害薬を有する1分子化合物です。アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)は、慢性心不全薬の歴史 でも述べたように、左室収縮能低下の心不全症例への第一選択薬であり、予後改善効果が示されている薬剤です。一方で、ネプリライシン阻害薬は、ブラジキニンなどの血管作動性ペプチドを分解する酵素であるネプリライシンを阻害する薬剤で、血管収縮やナトリウム貯留、リモデリングなどをもたらす神経ホルモンの過剰な活性化を抑制する作用があります。基礎実験において、ACE阻害薬とネプリライシン阻害薬の合剤の心不全や高血圧症への効果は示されており、オマパトリラートという薬剤の臨床研究も行われましたが、重篤な血管浮腫という欠点がありました。この血管浮腫のリスクを軽減するように設計された薬剤が、1分子中にネプリライシン阻害薬(サクビトリル)とARB(バルサルタン)を含有する"ARNI"です。

 

2014年に行われたPARADIGM-HF試験は、NYHAⅡ度以上かつ左室駆出率(LVEF)40%以下(後に35%以下に改訂)の8,442名の心不全患者を対象にした大規模臨床試験で、ARNI投与群はACE阻害薬(ACEi)投与群に比較して、心血管死と心不再入院の複合イベントリスクを20%減少させ、死亡率・心不全再入院も有意に減少させたと報告しています(文献1)。更に、PIONEER-HF試験は、LVEF40%以下でBNP400pg/ml以上またはNT-ProBNP1600pg/ml以上の、急性心不全で入院して代償期になった10日以内の881名の心不全患者を対象とし、ARNI投与群はACEi単剤投与群と比較して、NT-ProBNPを有意に減少させたと報告しています(文献2)。一方で、PARAGON-HF試験では、NYHAⅡ度以上でLVEF45%以上である年齢50歳以上の4,882名の心不全患者を対象とし、ARNI投与群はARBバルサルタン単剤投与群と比較して、心不全再入院および心血管死のイベントの減少傾向は認められたものの、統計学的に有意差は認めなかったと報告しています(文献3)。ただし、LVEFが保持されている中でもより低下している症例(文献4)や、男性より女性には効果がある可能性を示す報告があります(文献5)。男女別に分けた解析では、男性ではARB群と有意差を認めなかった一方、女性では有意なリスク低下を認め、女性におけるイベントの内訳を見ると、ARNI群で著明な減少を認めたのは「心不全入院」のみでした。ARNI群とARB群の心不全入院発生率曲線は、試験開始3ヶ月後ほどで解離を始め、観察期間を通じて離れ続けています。一方で、心不全入院が減少したにもかかわらず、心血管系死亡リスクに有意差はありませんでした。このあたりの見解については、未だ結論をつけることは難しく、HFpEFに対しての有効性は示されていません。これらより、少なくとも現時点では、ARNIはLVEFが低下した心不全にはエビデンスが確立された心不全治療薬と考えます(文献6, 7)。

 

ARNIBNP測定

これまでのARNIの研究から、ARNIはBNPを上昇させるとの報告が出てきています(文献8)。BNPは左心室充満圧上昇に反応して心筋細胞から血液中にBNP前駆体として放出され、NT-ProBNPとBNPに分かれます。BNPは、ナトリウムペプチド受容体に結合したり、ネプリライシンを中心とした酵素に分解されたりすることで、ほとんどが血中から消えます(図1)。しかし、ARNIの作用により、BNPの分解が減るメカニズムが存在するため、ARNI投与開始後8~10週目までに、BNPが上昇することがあると報告されています。一方で、ARNI投与後8週~10週間でのBNP上昇もNT-ProBNP上昇も予後不良を示唆したとPARADIGM-HFのサブ解析で報告されています(文献9)。混乱を裂けるためには、ARNIを使用している場合には、NT-ProBNPの測定とした方がよいのかもしれません。

 

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ARNIDOSE・血圧低下

新しい心不全治療薬を使用するにあたり、私たちは"First, Do No Harm"を考えなければなりません。収縮不全を対象としたPARADIGM-HFは、ARNIを200mg×2 とACEiエナラプリルを10mg×2の比較検討です(文献10)。日本では、ACEiエナラプリルは添付文書上 10mg×1であり、本試験は日本人としては投与量が多いこと、また最初のスクリーニング時点で収縮期血圧(SBP)が100未満の症例は除外されています。これらのことを念頭におきながら、ARNIの忍容性について述べていきます。

 

PARADIGM試験では開始前導入期間(Run in期間)においてACEiエナラプリル10mg×2、ARNI 100mg×2、ARNI 200mg×2のphaseで血圧≧95mmHgと忍容性が認められた患者にACEiとARNIに割り付けが行われています。 このRun in期間にACEiのphase、ANRIのphaseで低血圧による試験中止例は146名/10,513名(1.3%)、ARNI群では163名/9419名(1.7%)であり、ほぼ同程度となります(文献11)。 

臨床試験開始後には、ARNIとACEi群で両群とも40%程度の症例で、医師の判断で減量が必要でありました。どのような症例に減量が必要かをみると、「腎機能が悪い・NT-proBNPが高い・脈拍が高い・高齢者・SBPが低い」症例でした(文献12)。さらに、その主要因としては ①血圧低下(ARNI 21%, ACEi 16%, P<0.001)②咳(ARNI 2%, ACEi 8%, P<0.001)という結果であり、ARNIではACEiと比較し、薬剤中止までには至らないものの、血圧低下により減量する症例が多かったことが分かっています。これらより、ARNIを使用するにあたり「血圧低下」を意識する必要があります。PARADIGM-HFの血圧に関する解析では、ランダム化後4ヶ月の時点で、ベースラインのSBPが最も低かった患者群でSBPが上昇し,SBPが高かった患者群では低下しています。しかし、これは血圧値の平均の変動を見ており、血圧値が低い群・高い群において変動幅が認められており(文献13)、また、PARAGON-HFでも同様の傾向が認められています(文献14)。また国内治験となるPARALLEL-HFでは、LVEF<35%でSBP100以上の症例を対象として、一定用量のACEi/ARBからの切り替えにて、ARNI 50mg×2での導入を2週間投与し、SBP-4.3±12.3mmHgと血圧変動のばらつきがありました(文献15)。 臨床的には、ARNI導入の際には、利尿による血圧低下の効果もあるため、利尿剤減量の必要性を念頭に置くことも重要になるでしょう。

 

ARNI投与による血圧低下についてまとめると、導入時にSBP100以下の症例については、いまだエビデンスがないこと、また海外のPARADIGM-HFではARNI 400mg/日はACEi 20mg/日と比較して血圧低下傾向は認められたが、低血圧事象による投与中止には差がなかったこと(文献16)、そして年齢に応じて薬剤中止に至るような有害事象の発現率は、高齢者であってもACEiと同等であったことが報告されています(文献17)。また日本国内の治験では、ARNI 50mg×2から導入され、血圧低下があるものの、血圧変動に関しては個別性がありました。いずれにせよ、ACEi/ARBからARNIへの切り替えの際の血圧の推移には変動幅が大きいため、個別症例に応じて血圧の低下には注意していく必要があります。

 

これらを念頭にいれ、本邦で使用する際のARNIの導入・増量について、あくまでも私見ですがフローを作成しています。

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LVEF低下のある心不全で、ACEi/ARB内服下でSBP>95mmHgが維持され、①心不全入院症例 ②外来でも有症状、NT-proBNPを含むうっ血所見の増悪がある症例 には、それまでのACEi/ARBの投与量によりますが、ARNI 50mg×2から置換し、2週間経過して血圧低下がないことを確認のうえARNI 100mg×2へ増量していきます。またこのときに利尿剤がすでに内服中であれば減量を考慮します。その後の臨床経過において、血圧が保持され、心不全所見の改善がなければ、ほかの心不全治療薬(e.g. MRA)の導入・増量なども考慮にいれながら、ARNI 200mg×2までの増量も念頭においていきます。

 

今回、最近の知見を整理してみて、このARNIはLVEFの低下した心不全患者においては、SBPが低く、ACEIi/ARBが十分にtitrationできないような、すでに心不全のステージが進展している状態から導入するよりも、まだSBPや血行動態が保持されている、より早い段階での導入のほうが、よりARNIの恩恵を受ける可能性を感じています。

 

今後の臨床使用においては、慢性腎臓病をもつ症例、特に心不全患者で少なくないPARADIM-HF、PARAGON-HFでは対象ではないeGFR<30の症例ではどうか、そしてACEi/ARBでもまだエビデンスとして十分ではないDOSE dependentでどこまで予後改善効果があるか、また病態生理としては、ネプリライシンの左室リモデリング抑制作用も報告されているが、アンジオテンシンIIへの影響はどのように関わるのか、更なるARNIについての研究結果とエビデンス構築が待たれます。

 

参考文献

1. N Engl J Med. 2014 Sep 11;371(11):993-1004

2. N Engl J Med 2019;380:539-48

3. N Engl J Med 2019 Oct 24;381(17):1609-1620.

4. Circulation. 2020 Feb 4;141(5):352-361

5. Circulation. 2020 Feb 4;141(5):338-351

6. Circulation. 2017 Aug 8;136(6):e137-e161

7. Eur Heart J. 2016 Jul 14;37(27):2129-2200

8. Circulation. 2015 Jan 6;131(1):54-61

9. J Am Coll Cardiol. 2019 Mar 26;73(11):1264-1272

10. Eur J Heart Fail. 2013 Sep;15(9):1062-73

11. Circ Heart Fail . 2016 Jun;9(6):e002735

12. Eur J Heart Fail. 2016 Oct;18(10):1228-1234

13. Eur Heart J . 2017 Apr 14;38(15):1132-1143.

14. J Am Coll Cardiol. 2020 Apr 14;75(14):1644-1656

15. Circ J. 2018 Sep 25;82(10):2575-2583

16. Circ Heart Fail . 2018 Apr;11(4):e004745.

17. Eur Heart J . 2015 Oct 7;36(38):2576-84.

 

弓野 大

 

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